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第三回自転車温泉紀行〜軽井沢編〜
2006年7月下旬某日、世間が大雨により被害で大騒ぎになっている最中、長野県へと向かう一人のバカがいた。
7月も終わろうとしているのにもかかわらず梅雨明けはなく、鬱屈とした曇天が広がっていた…
今回は途中に碓氷峠があることを考慮し、出発時間を早めに設定。午前5時40分、本庄市某所を出発。

例のごとく国道17号線を北上。高崎市のオイルターミナルをオーバークロスする箇所ではあえて回り道をして踏切を選択。ステキな光景が広がっていました。
しばらく行き、今度は高崎線をオーバークロス。ここは踏切がないので併設されている歩道を走行。
この箇所は本線と高崎機関区への出入区線を同時にオーバークロスしていて、運よくEF65−535号機と遭遇。防護柵の間から撮影しました。
柵が少しかぶっていたのでトリミングしてあります。
先述の跨線橋の先から17号線に歩道がなくなるので、高崎市内へと進路を変えます。
そして国道354号線を通り、君ガ代橋から国道18号へと合流します。
ダラダラと続く緩やかな上り勾配を進み続けてやっと安中駅前に到着です。高架は国道18号線で、安中駅前での渋滞を避けるために高架となったのでしょう。
この時点で大体8時20分。ここまで飲まず食わずだった上に高崎市内で朝食をとろうと思っていたら見事に食いっぱぐれたのでかなりの空腹。
1年ぶりぐらいに牛丼を食べましたw

ここで飲み物を調達し、今度は横川を目指します。
国道18号をさらに西進します。安中を過ぎたあたりからはだんだん山道らしくなってきてアップダウン(アップが大半)が激しくなります。
さらに歩道は整備されずに荒れ放題。やたら茎の太くて堅そうな植物やモファモファした植物が好き放題に生えています。
その一例が左の写真。右半分、歩道です。これを通れってのはまず無理な話ですよね…^^;
というわけで私にとっても車の運転手にとっても恐怖の路肩走行が始まるわけです。
そんなこんなで横川へ到着。午前10時30分頃ですね。
安中を出たのが9時前ですから、1時間半強かかりました。しかし、ここまでの上り道は序章にしか過ぎない…
碓氷峠を前に英気を養うために横川駅周辺をグルグルします。まずは横川駅。この場所にはEF63−11・12号機と189系9両1編成が保存されていました。189系の編成が従来の逆だったり、EF63が軽井沢方にいたりしていましたが、碓氷峠を越えていた1編成が丸々残っていた、という点で非常に素晴らしいことだったのですが…
老朽化に伴い189系は9両中の軽井沢方(もと横川方)7両がその場で解体されてしまいました。非GU車のサロも含まれていたのに…全車とは言わないまでもサロとモハ1ユニットぐらいは残して欲しかったです。
この日はEF63体験運転の重連運転日でした。この24号機は碓氷峠廃止直前に茶釜になっていました。
廃止から9年たった今でもEF63が生きている、ということになんとも言えない感動がありますね。
もう1両は11号機でした。この車両は12号機とともに丸山変電所付近に留置・展示されていましたが、窃盗・破壊被害により横川駅へと移動。189系に解体にともない鉄道文化村敷地内へと移動の後、動態保存へと改修されました。メーカーズプレートが窃盗被害にあったままでついていません。
塗装も24号機に比べ色褪せています。
鉄道文化村内に留置されているEF63と189系。手前が12号機で奥に隠れているのが25号機である。

ちなみに、鉄道文化村のもと横川機関区検修ピット脇にクハが1両展示されているが、現在は国鉄色になっている。私が数年前に訪れた時はあさま色だったんですけどね。
さて、しばらくウロウロした後はついに碓氷峠を攻めていきます。とても「攻める」というようなスピードじゃありませんが^^;
坂道は意外なほど急ではありませんでした。ただ、のぼりが20数キロ続くので最初に飛ばしすぎると後々大変な事になります。

軽井沢方面へと急ぐ車はみんな碓氷バイパスへと流れてしまうので交通量が全くといっていいほどなく、静かな中を上って行きます。C=16付近で左手眼下に坂本宿が見えます。もうこんなに上ったのか、という印象です。
ここまで旧線と幾度となく出会いレンガ積みのトンネルポータルに萌えつつ上ってきましたが、ついに現れました。碓氷第三橋梁、通称めがね橋。この角度からだったらいつED42が現れてもおかしくないですよね。すばらしい建築物です。
同じアーチ橋の旧国鉄士幌線のアーチ橋とはまた違った美しさがあります。

我が愛車とともに…(オイ
ここまで自転車で来たことの証明ですw
一応学校のナンバーは消してありますよ
自転車なしで。
アーチ橋上へ登る階段を発見し、上りました。うあーたけー…w
そこから見るのはもちろん眼下の景色ではなく新線跡なのですよ。当然です!!(オイw

やっぱりいつ489系とか189系が顔を出してもおかしくないですなぁ…霧(雲?)の埋もれて見にくいですが、上下線とも見えています。
さらに上ります。
C-145付近に「おつかれさまでした」という看板がありますが、アレは罠だ。気をつけろ!!まだまだ上り坂が続きます。
本当の峠の終わりは長野県の看板が見えたらなんです。
写真の通り霧が出ています。まだある程度視界が確保できているので帰りよりまだマシです。でも霧っていうよりかは雲の中に入った感じがありました…
ついに長野県へ突入。我が自転車は群馬県を越え長野県まで制覇しました!!

長野県境を越えるとすぐに新幹線のトンネル上をパスし、軽井沢駅に到着。上の写真から10分くらいです。

横川を出発したのが10時40分頃。軽井沢到着が13時頃でしたので、2時間20分ぐらいかかりました。
あくまでも温泉に入らないと気がすまない性質なんで…中軽井沢と信濃追分の間ぐらいにある「ゆうすげ温泉」に入ってきました。
中は内湯が一つだけ。露天風呂もありません。まぁ軽井沢は温泉郷ではなく避暑地だからしょうがないのかもしれません。
この後、軽井沢へ戻った後アウトレットモールで買い物と昼食。時間がなくて戦利品はTシャツ1枚にとどまりました。

帰りは16時出発。この時点で霧が立ち込め、視界は40mくらいでした。テールランプは後ろから見えているかわからないし、ヘッドライトは点けても点いてるのかわからないし…
で、碓氷峠をものすごい勢いで下ります。軽井沢〜横川が27kmぐらいで、坂本宿に入ってからスピードが少し落ちたことを考慮に入れても常時30km/hぐらい出てた気がします。横川まで1時間かかってないし…ダイナモが焼ききれるかと思いましたよ。ホント。

30km弱をほとんどこがずに下ってきたので足の方も多少は回復。横川からも会長に飛ばします。
おまけ。
行きに見つけてちょっと気になっていた「食の駅ぐんま」。入ってみましたが、スーパーと道の駅を足して2で割ったような感じで、特に面白い物もありませんでした。
ひとつ気になったのは、どうみてもインド人なおっさんがカレー等と一緒に上州名物焼きまんじゅうを売っていたこと。異色な組み合わせだったなぁ…
結局本庄市内某所へ帰り着いたのは20時10分頃。
全行程約150km、総走行時間は約12時間30分でした。





最後まで見ていただき、ありがとうございました。
企画の骨を折るようでアレですが、軽井沢って温泉郷ではないんですよね。となると「自転車温泉紀行」として載せるのはどうかと思ったわけです。しかし、そこはそれ。温泉に入ってきたのでよしとしよう、ということで勘弁してください(オイ
これで本庄から行ける北関東のめぼしい温泉は制覇したような気がします。こんな所がまだあるぞ!!というのがありましたら掲示板の方にどしどし書き込んで下さい。感想もお待ちしていま〜す。

ちなみに、碓氷峠は半分ぐらい自転車を押して歩きました。横川までの上りで体力を削られて肝心の碓氷峠で足がつりそうになりましたね。こげなくなったら最後後ろへ下がっていきますからねぇ^^;まぁマイナスイオンは大量に浴びてきましたw